はじめまして。
immi labの共同代表、北川ペドロソ実萌(みほ)です。
こちらでは「immi labってどんなことしているの?」という質問に応えていきます。
「移民」と聞いて思い浮かべるのはどんなイメージですか?
何らかの理由で他の国で暮らしている人、環境にあまり恵まれていない人、難民、
日本で暮らす多くの方々にはあまり馴染みがない単語、ネガティブなイメージの単語かもしれません。
「外国人」という言葉はどうでしょうか?
コンビニでよく見かけるようになった外国人、留学生、
こちらの方が馴染みがある言葉でしょう。
英語では移民は「immigrant」、外国人は「foreigner」と言い、
移民のことをforeignerと呼ぶことは、まるでこの国にいることを許していないかのようなイメージを与えるためほとんどの人がこの言葉を使いません。
他の言語、例えばポルトガル語でも、外国人とほぼ同義の「gringo」を長くブラジルに住んでいる人を指して使うと同じようにこの国にいることを許していないかのようなイメージを与えます。
日本で「外国人」という言葉が使われ続けることには
日本で暮らす人の意識だけでなく、
日本という国が「移民」としてみなさない、日本の一部としてみなさない、そんな背景があります。
「外国人だから」日本の学校のあり方に不平があっても我慢するべき
「外国人だから」日本の病院で診察を拒否されても我慢するべき
そんな「外国人だから」という言い訳をいつまで続けていて
この国の仕組みが変わらなくていいのでしょうか。
「外国人だから」「ハーフだから」「育てた親が悪いから」など様々な理由で
制度からの差別を受けている人たちはたくさんいます。
将来、あなた自身が、もしくはあなたの子供や孫がこのような制度による差別を受けないと言える保証はありますか?
“Nobody’s free until everyone is free” 「誰もが自由になるまで、誰も自由ではない」
Fannie Lou Hamer ファニー・ルー・ハーマー
アメリカで黒人の市民権獲得に尽力した女性活動家の言葉です。
アメリカで奴隷制度が終わった後も制度が黒人を差別し続けたことに対し、
黒人が自由になるまでアメリカ人の誰も自由になることはない、と訴えました。
(ファニー・ルー・ハーマーさんについてはこの記事をご参考ください)
日本でも同じことだと思います。
日本に住んでいる移民が人権を迫害され続けている限り、
そのような迫害を日本人がし続けているかぎり、
日本に住んでいる誰にとっても本当の自由は訪れない。
移民のためだけの活動ではない、
私たち自身も含めた日本に住む全員のための活動だと思ってimmi labは活動しています。
immi labの目指すところ
immi labは日本に暮らしている移民が仕組みや制度によって受けている差別を少しずつ改善していくことを目指しています。
「制度による差別」は日常的なコミュニケーションでの差別の話(例:外国人だから意地悪をする、など)ではありません。
この国が作ってきた様々な仕組みー教育、医療、社会保障などーが、
日本で暮らしている移民の現実を反映していない故に、
移民の暮らしを必要以上に困難にしている状況のことです。
これらの状況の多くは、一つの困難がまた違う分野での困難を生み、と悪循環につながっていることが多くあります。
例えば、移民が日本でアパートを賃貸しようとすると、銀行口座が必要です。
しかし銀行口座を開設するのに日本語を話せる人が一緒に来ないと駄目、
そもそも外国人は開設できないなどと言われることが多くあります。
すでに日本でネットワークがあればなんとか開設できるかもしれませんが、
来日してすぐの場合、しかもアパートの賃貸もできない状態だとどうすればよいのでしょうか。
健康保険などの義務加入、役所での書類届なども住所がないと始められません。
どんな社会課題でも言えることですが、
家の賃貸、仕事、医療、教育、などとはっきり分かれ目があるように見えるものでも、実際それらは一人の人間の生活に複雑に入り組んでいます。
すべて包括的に解決しようとするのは難しいですが、
一つの分野に取り組みながら他の分野のことを念頭においておくことは可能です。
当事者にとっては分かれ目がある課題でないことが多いので、当事者の目線に重きを置くことで包括的に取り組んでいけます。
この方法を”human-centered design”(略称:HCD)といい、immi labの活動の主なアプローチです。